大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7961号 判決 1960年10月18日

原告 肥後亨

被告 国

訴訟代理人 川本権祐

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金五万円を支払え。」との判快並に仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

(一)  原告は日本国民であるが、日本国内である島根県穏地郡五箇村竹島に昭和三十四年九月二十五日住民登録を移し、同所に永住するため、同日頃より再三に互り同所に赴かんとしたが同所には何等の条約若しくは法律上の根拠なくして韓国武装兵が駐屯しているため、上陸居住できない。

(二)  右は国の公権力の行使に当る公務員である内閣総理大臣の故意による行為に基くものである。

(イ)  内閣総理大臣は日本国土内の治安確立の義務を有し、かつ自衛隊の最高の指揮監督者であり自衛隊はわが国の平和と独立を守り、国家の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ公共の秩序の維持に当ることを任務とするものである。従つて内閣総理大臣は自衛隊を以て竹島から韓国兵を駆逐すべき義務あるに拘らず、故意にこれを為さない。

(ロ)  前記の竹島における韓国兵の行為は外部からの日本に対する武力攻撃であるから、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」第一条に基き内閣総理大臣はアメリカ合衆国に対し、同国駐留軍隊の竹島派遣を求めるべき義務があるに拘らず故意にこれを為さない。

(三)  原告前記の内閣総理大臣の故意による違法行為に基き竹島に居住できずこの為め金五万円相当の損害を蒙つたから国は原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。よつて被告に対し右損害金五万円の支払を求めるため本訴に及んだ

と述べた。

<立証 省略>

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、

(一)  原告が請求の原因として主張する事実中、原告がその主張の日に竹島に転入の届出をしたこと、竹島を韓国兵が占拠していることは認めるが、その余の点は争う。

(二)  原告の本訴請求は主張自体理由のないものである。元来国民の居住、移転の自由については憲法第二十二条の保障するところであるが、右保障は国家権力による右自由の侵害を許さないとする趣旨であつて、国家がその自由の実質的な実現についていかなる措置、配慮をなすべきかの問題とは直接の関係がない。それは国の立法、行政及び司法の各機能を通じて実現されるべき公共の福祉の一環をなすべき問題である、国家は国民全体に対してその居住、移転の自由を実質的に意味あらしむべく不断の配慮、措置をなすべく、以て公共の福祉の維持増進を図るべき地位にあるが、しかしそのことの故に国民各個人が国家に対して一般的にかかる措置、配慮をなすことを求め得べき法律上の権利乃至地位を有するものではない。

本件において原告が損害を受け、受けつつあると言うのも右に述べたような権利乃至地位を有することを前提にするものであつて、現に竹島に特殊、具体的な利益を有しそれが危殆に瀕しているというわけのものでもないであろう。また竹島問題は同島がわが国領土の一部であることは疑いないとしても、現下の日韓関係、国際情勢等諸般の情勢にかんがみこれを直に解決することは極めて困難であるから一概に政府の態度の当、不当を云々するわけにはいかないし、ましてや行政上の義務違反という性質のものではない。以上の通り原告の本訴請求は主張自体理由がない

と述べた。

<立証 省略>

理由

原告は先づ原告に前示竹島に移転、居住することの自由を確保させるために内閣総理大臣が自衛隊の武力を以て竹島より韓国兵を駆逐する挙に出ないことを以て原告の移転、居住の自由に対する侵害であるとし、次に内閣総理大臣がアメリカ合衆国に対し同国在日駐留軍隊の竹島派遣を求めて、その武力により竹島より韓国兵を駆逐して原告の移転居住の自由を得させる挙に出ないことを以て、原告の右自由に対する侵害であるとしているが、 憲法第二十二条第一項の法意は、日本国の国家権力によつても、公共の福祉に反しない限り、日本国民の個人の居住移転の自由を抑制することを許さないことを明にして、その自由を保障したに止まり、本件の場合の如く、日本国憲法の適用外の外国軍隊が日本国の領土の一部を占領しているため、その被占領地に日本国民が移住する自由が失われている場合に関する事項を定めたものではない。

戦時でもなく、又条約にも基かないで外国軍隊が国際法(公法)に反して日本国の領土を占領している場合においては日本国政府はその被占領領土より外国軍隊を退去させるに足る適当な方策を講ずる義務を負ふことは云うまでもないが、その義務は日本国民の全体に対して負う義務(公法的義務)であつて、個々の個人に対して責任(私法的責任)を負うものではない。

本件竹島については日韓両国間に、その領土としての帰属について争があり(但し日本国としては竹島が日本の領土たることに疑義はないけれども)、両国間に解決さるべき国際紛争の問題であることは公知の事実であるし、他方我が国の憲法は第九条において「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」旨を宣言しているが、この法条は憲法の中に前文として掲げられた「日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」との決意の宣言と相俟つて、理想的平和主義を貫こうとしている憲法の立て前をとつており、この立て前からすれば、外国よりの急迫不正の我が国に対する侵略、乃至攻撃に対し、国際法上の自救行為とも称すべき自衛権の行使たる武力行使が憲法の許容するところであると解し得るとしても、本件竹島よりの韓国兵の徹退を実現する方策として、日本国政府が自国の自衛隊によると、駐日アメリカ軍によるとを問わず、軽々に武力発動をなし得べきものでないことはもとより当然であり、しかも竹島よりの韓国兵徹退実限の方策の適否は政治上の問題であり、裁判所の判断すべき法律上の問題ではない。

又、内閣総理大臣が日本国土内の治安維持確立の義務を有し且つ自衛隊の最高の指揮者であること、並に自衛隊が原告主張の任務を有することは原告所論の通りであるが自衛隊法第七十六条(内閣総理大臣は外部からの武力攻撃に際して、わが国を防衛する必要のある場合は国会の承認を得て、又緊急の必要のある場合には国会の承認を得ないで自衛隊の出動を命ずることができる旨を規定している。)も、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」第一条の規定も、内閣総理大臣に義務を課した規定ではなく権能を与えた規定であり、内閣総理大臣又はその首長となつている政府が右与えられた機能を現実に行使するや否やは、前述の政策の決定と共に内閣総理大臣又は政府の自由な裁量に委せられているものであるから、内閣総理大臣が竹島より韓国兵を退去させるため自衛隊の出動を命じないから、又はアメリカ合衆国に同国在日駐留軍の竹島派遣を求めないからと云つて、憲法に保障された原告の移住の自由を侵害したことになるものではない。

してみればその余の点に関する判断をまつまでもなく原告の本訴請求の失当であることは明白であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 浜田正義 水谷富茂人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例